転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan
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世界で一つだけの花

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 私はこの曲名が好きだ。メロディももちろん好きだが、この曲名にほれ込んだ。

 「世界で一つだけの花」~とても良い響きだ。
 それはたとえ小さな花でも、枯葉の中に一輪咲く花を見つけた時の嬉しさはこの上ない。誰が水や肥料を与えるわけでもないのに、人知れず懸命に咲く。
 
 知的障害者のスポーツの祭典「スペシャルオリンピックス(SO)冬季世界大会」が始まった。「私たちは精いっぱい力を出して勝利を目指します。たとえ勝てなくても、頑張る勇気を与えてください」と選手は宣誓した。
 もちろんスポーツなのだから勝利を望むのは当然だと思う。が、ある選手はスケート靴のひもを結べなかった。手を貸すのは簡単でも「大会に出たければ自分でやらなきゃ」と何度も励まして、やる気を引き出したという。
 
この大会に従姉の子が選手で参加する。幼い時期、我子のように接した彼ももう24歳に成長していた。便利になったもので、名前で検索も出来て写真を見た。生まれたとき、寿命も短いと心配されていたけれど、立派になって嬉しい。大ちゃん、頑張れ! 
 
http://www.2005sowwg.com/jp/index.html

 そんな彼がSOの選手になれたと聞いたときは我子のように嬉しく思った。但し、SOという言葉は知らない。ネットで検索してみると、知的障害者の世界ランクのスポーツ大会とある。今まで一度も耳にしたことがない。アジアで開催されるのは初めてだそうだ。

 ここでも、数多くのボランティアが参加するそうだ。知的障害者が生きるにはまだ障壁多い世の中だが、選手の健闘を見ることで、社会に依然残る心の障壁が少しずつ取り除かれればいいと思う。
 
 日本選手団のテーマソング「世界に一つだけの花」は選手が一番望んだ曲。選手たちも、小さな花のようにきっと多くの勇気を与えてくれる。
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by violasan | 2005-02-27 22:48 | 徒然

日記

2005年2月24日(木)
長い間、暮れになると真新しい日記帳を買い揃えた。さあ、来年は書くぞ!と心に決めたけれど、毎年三日坊主で止めていた私だ。
それが何故か、ネットで日記書き始めた。かれこれ3年くらいになるのだろうか?当初はサイト内にページを決めて、毎日ビルダーを開き、その日の日記を書いてアップロードしていた。まだ、ホームページの作り方もままならないので、デザインも醜い。最近ブログなる物を知り、古い日記をほぼアップした。取り留めのない内容だけれど、今まで続いたことはわが身を誉めたい。2年ほど前、レンタル日記帳というシステムを知った。最初は画像のないシンプルな形の日記帳だったけれど、整ったフォームに直接書き込めて、アップする手間はなくなった。より美しくを求めたくなるもので、画像もアップできる有償版レンタル日記にランクアップし今になる・・・
以前は画像付の掲示板、日記はほとんど有料となっていたが、最近は無償でも画像付が借りれる。このブログでも十分対応できると見た。
日記の形はさておいて、継続できた理由を考えてみた。大人になっても、人から誉められることはうれしい。誉められなくても、日記読んだよ。日記のお休みが多いけれど元気?。など声をかけてくださることを内心期待している自分がいる。一年前の自分の行動が日記から見れたときの快感というのか充実感というのか嬉しい。
これからも続けていきたいと思っている


くらしの日記
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by violasan | 2005-02-24 17:26 | 徒然

お座敷太鼓

平成12年6月29日北国新聞掲載

お座敷太鼓                
 「ドンドン、ツクツク、ドンドン」と、いつもと違うお座敷太鼓の音色が、西茶屋街のお稽古場に鳴り響いた。芸能体験学習会に参加した時の一こまだ。ベテラン芸子さんの手ほどきを受けの初めてのバチさばきだ。とても心地よいバチさばきといえないけれど、楽しかった。
 細い格子窓の家から、三味線や太鼓の音が漏れてくる風情を肌で感じたかった。お座敷に上がるのは、「一見さんお断り」と聞いて諦めていたところ、「お稽古風景見学」の催事を知り参加した。
 素囃子、舞、お座敷太鼓と披露された。ベテラン芸子さんのなかには、新米芸子さんの姿もあり、時々照れ笑いを見せながら、真剣に演じる姿は真剣だ。
 帰り、「華の宿」に立ち寄った。格子戸を入ると、巾のある階段が目に付いた。殿方と芸子さんが寄り添ってお座敷に上がるために巾が広いらしい。朱色、瑠璃色の壁は艶っぽい。この部屋でお座敷遊びしたに違いない。新米芸子さんも、この部屋で磨かれていく。
 この日、金沢でまち博が始まった。町にはクラッシックなバスの運行が開始された。その姿は町に溶け込んでいる。加賀百万石の伝統を町中に運んで欲しい物だ。
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by violasan | 2005-02-19 18:34 | 金沢

70歳を過ぎて調理師免許取得

平成9年9月14日北国新聞掲載 

70歳すぎて調理師免許
70歳になる母は、昨年、調理師免許を独学で得た。愛知県で最高年齢の受験者であり合格者であった。
 母は、父を看取った後、ボケ防止にと大好きな和服の世界に飛び込んだ。初めての職場に戸惑いを感じて、退職後、寿司屋のまかないさんに転職した。幸い、店長の人柄の良さに恵まれ4年の年月が流れた。そして、若い店員との出会いが、調理師の免許を得るきっかけとなった。
 若い店員は専門学校で学んだ後受験したが、母は、その店員に学習書を借り独学で試験に臨んだ。学習書を読みこなすことは、老眼鏡の手放せない母にとって至難の業であった。当日、緊張は隠せずハプニングもあり結果はあきらめていたという。
 母は、70歳の年齢で一冊の学習書を読みこなして受験した経験に老後の生きがいを見つけたという。
 まだまだ、母の年齢までには年月のある私も、母のように何歳になっても学ぶ意欲を失うことのない素晴らしい老人となりたいと思う。
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by violasan | 2005-02-19 17:19 | 家族

永遠の旅立ち

平成8年10月16日北国新聞掲載

去る日、これからという若い命が交通事故により絶たれてしまった。意識不明の
まま帰らぬ人となった。あまりにもあっけない出来事であった。
 彼を知ったのは四年前、金沢マンドリンアンサンブルのステージで彼の指揮を
見たのがきっかけ。
あまりにもユニークな指揮にひかれ、私もアンサンブルに加わり、識者と演奏者の
立場で三年が過ぎた。
今年に入り、話す機会も増え、彼自身の信念をアンサンブルにぶつけている姿と、
音楽に対する熱意が、あのユニークな指揮を生み出していると理解出来た。
本番の彼のユニークな指揮は、観客の笑いを絶えさせなかったし、演奏者の緊張を
ほぐしてくれた。一ヶ月後の本番をひかえた練習日、練習不足を彼自身のダミ声
で補っていた。そのダミ声が、耳元を離れない。
 ご両親の希望で、演奏の中彼とのお別れをする事になった。たまたま、私は彼の
愛用していた楽器を借用中。
 「僕のマンドラ弾いてみない」という彼の一言で、私とマンドラの出会いが始まった。
遠い所へ旅立ってしまった彼の耳に届くようにマンドラの音色を奏でたい。

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by violasan | 2005-02-19 17:11 | 趣味と仲間

娘の成長

2003年11月12日の日記
快晴
昼時、仕事中の娘から電話が入った。
「お医者様連れてきて・・・」と
なんでも、お客様が突然店で具合が悪くなられたという。
かかり付けのお医者様がいない我が家だ。
当然、赤ひげ先生なみたいな方は知らない。
救急車を呼ぶように勧めたけれどご当人が必要ないと~
さあ、如何しましょう~。

そうだ、近くにクリニックがある。
今の住まいで暮らして初めての冬、私は高熱に襲われた。
病院嫌いな私だけれど、どうにもならなくて診察を受けたクリニックだ。
たしか、調子悪ければいつでも電話してきてください。といわれた。
そんなことをふっと思い出した。
とにかく、娘の勤め先に急いだ。
歩いて5分の所に店がある。

店に入ると、以前、娘に紹介された老紳士!。
現像に持ち込みされる画像は素晴らしく穏やかなかたで娘のお気に入りのお客様だ。
椅子に腰掛ける姿は、先日お見かけしたときとは違うかたのようにも感じた。
きっと、お辛かったのでしょう~
お家に連絡がつきお迎えの方が来られる段取りになっていて一安心したのですが・・

お迎えの車に私も乗り込みクリニックへ道案内した。
休診中だといけないと思い確認しに入り口に行くと、
案の定
「本日は休診日」
チャイムを鳴らしても応答なし!
お住まいの玄関のチャイムも・・・
車の中のご病人は辛そう
どうしようもなく、119番に助けを呼んだ。
ちょうど、そのとき、ガレージに車が入った。

お医者様のお帰りでした。
とりあえず、救急車はお断りして、
お医者様に事情を説明すると診て頂けることになりました。

今日感じたこと!
引越しの多かった我が家にはかかりつけの病院がない。
知らない町で病院に行くということは不安でならない。
大体は、薬局の薬で対応してきた私だ。
そろそろ、それでは済まなくなる年齢がきた。
大病を患う前にクリニックと仲良くなっておこうと思うのでした。

娘の老紳士への接し方
とても優しく行き届いた対応をしている様子を伺えて嬉しかった。
団地内の勤務先でよかった。
たぶん、母である私よりも団地の方との顔なじみが多いであろう。
団地内のお掃除なども積極的に参加してくれる娘になってくれてありがとう。
過日は、迷い犬のお世話までして、アチコチ問い掛けて飼い主さんを探していた。
一人でお店を管理しなきゃいけないほどの小さなチェーン店だけど、
団地内であるかこそ、身近な出会いがたくさんできていくのだと思う。

こんな生き方の選択肢の一つかなと~

でも、、娘の夢はちがうかな?と思う母でした。



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by violasan | 2005-02-18 15:58 | 家族

チーズの日

2003年11月11日の日記
嵐のような雨後曇
今日はチーズの日だそうだ。
飛鳥のどこかの記念館で「蘇」という食べ物の紹介があったっけ?!
日本史でも習ったような気もする。
早速、検索してみた。
ちゃんと、でてくるんですね。
11月11日はチーズの日と~
飛鳥時代の記録史「右官史記」の中に「文武天皇四年(西暦700年)十月(新暦11月)
文武天皇が使いをつかわし蘇をつくらしむ」という記述があります。
旧暦10月を新暦に直すと11月になるんですって・・
11年前、11月11日を記念日として、「チーズの日」が誕生したとか

なんでもかんでも、語呂合わせ!
ストアの売り出しにもちゃんと利用するんですよ。


やっと、娘に免許証の交付がありました。
仕事と自動車学校教習の予約とりに途惑っていた娘!
今日は
やっと、一つお荷物が降ろせました。
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by violasan | 2005-02-18 15:57 | 嗜好

不在者投票

2003年11月4日の日記
晴れ後曇
マニフェスト
不在者投票に行きました。
投票の日ってたいてい練習があるので(これは建前的いいわけ)投票はパス。
本音は転居が多いので住んでいる町に思い入れがないのです。
ゆえ、立候補者にも馴染みがないからです。
各政党のマニフィェスト読んでも、わが身の目で見て信頼できる政党の判断もつきません。
議会で政治家がつかみ合い、罵り合いをする光景を見ると、どこがトップになっても同じと思ってしまいます。
あたかも芝居を見物するぐらいの距離をあけて、議会を鑑賞していた私です。
そんな私が娘に影響をうけました。

選挙運動が始まったころから、各政党のマニフィェストの読解を始めた娘です。
恥ずかしいのですけれど、私は「マニフェスト」ということばさえ知りませんでした。

私の無感心に対して、「必ず選挙にいってね」と言い出したんです。
決して、娘が選んだ政党を書けとは言わないけれど・・・
娘の熱心な誘いに誘発されて、不在者投票の初体験をすることになった訳!

ここ数日、新聞の政治欄を読み漁りました。
選ぶべき政党は決まりました。
小選挙区の候補者は地区の方。
地区の集まりでお話する機会があり地区の為につくしている実績をみこんで、その方に決めて、いざ、投票所へ・・・・

不在者投票所は市役所。
我が家からは、とても不便な所です。
駅北口まで一時間に数本のバス(350円)を利用して20分位。
北口のバス亭からは表口まで階段上って下りて10分位。駅から市役所までは歩いて30分位。
バスもあるんでしょうが本数があまりないのです。
でも、幸いなことに来年1月までの限定のお試しでコミュニテイバス(100円)が利用できます。
たまたま、バス発車時刻2分前だったので乗ってみることに・・・
10分程で市役所前に着きました。
投票所は市役所の4階。
なんだかドキドキでした。
投票の為の一室が設けられていました。
受付で名前住所等を書き確認が済むと、3種類の投票用紙と封筒(現金書留何時買うような2重の封筒です)が渡されました。
これに、一枚ずつ名前を書いて、やっと、投票台に進めます。
なんということでしょう~投票台に表示されている候補者の中に決めた方がいない。アララ~です。
結局、比例代表のみの書き込みになってしまいました。
わが身の愚かさに落ち込んだ不在者投票体験となりました。

帰りは焼き物の町らしいオリベストリートとという名前の道を歩きました。
歩きならばでの、多治見の良い景観を見ました。
駅前あたりは、どう見ても暗い印象の町で、こんな町に一生暮らすのは嫌と思っていたけれど、市役所から修道院方面に?がる道はとても綺麗でした。
骨董屋など、ちょっと入ってみたくなるお店もあり、交番だって町の雰囲気に溶けこんだ造りになっていました。
修道院手前のホームセンターまでの間はちょっとした旅気分で散策できました。
お店の前にコミニュテイバスの停留所があったはず。
帰りはこれで駅まででたらいいわとお気楽気分!
ところが、再びアララです。
平日は駅に行くバスがない。
辺りは真っ暗で雨がポツンポツン・・
トボトボ駅まで40分ほど歩くことになってしまいました。
家のある団地に行くバスを待つこと15分。バスに乗って20分。

市会議員さんに望むこと!
各団地から市役所や市内の見所へのコミバスを完備してくれないと、多治見のお年寄りは何処へもいけません。
図書館と隣学びパーク(各種サークルがある)でさえ、駅より15分ほどです。
足の弱ったお年寄りには無理ではと思うのでした。
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by violasan | 2005-02-18 15:55 | 我町

雑感

2003年11月1日の日記

今年もあと2ヶ月に・・・・
なんだか、大変な一年だった。
来るべき時も決まった。
娘にも伝えた。
「よかったね。やっと、ちゃんとしたご飯食べれて~」
娘が一人で夫のところに遊びに行った時の実感だったらしい。
「ご苦労さん会とかしないの?」とも、言ってくれたことに娘の成長も垣間見て嬉しい。が~
私の心境は複雑!
やっと、慣れた暮らしがガラリと変わるのも少しきつい。

けれども、
数年前まではお互い元気なら何処で暮らしていてもと楽観的だった。
最近は夫も昔なら定年過ぎた年齢になって夫の食生活に不安を抱いていた。
若い時は、粗末ながらも工夫して自分で作り食べていたようだけれど、最近は毎夜コンビニ弁当だという。
私は食生活改善員という資格がある。学んだ内容とは、あまりにも、かけ離れている。
私と娘だって、少ししか買わない食材に片寄りがあることは目に見えている。
手をかけたお料理をすると作り過ぎで無駄も多い。
たくさんの不合理さがなくなることは確実だ。
食生活が改善されるだけでも、ありがたい事に思う。
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by violasan | 2005-02-18 15:53 | 家族

お散歩

2003年10月31日の日記
 汗ばむほどの陽気
先日代理勤務の替わりの代休!
しなきゃいけないことは山のように抱えているけれど、とにかく、生き物が大切。
このところ、お散歩時間を端折っているので、ひさびさに足を延ばした。
ところが、まろんはいつもの折り返し地点で前足を踏ん張った。
ココで戻ったら、たった10分で終わり!
仕方がないわ~
少しだけ抱っこして先に進んだ。
もう少し行くとと、素敵なお家がある。お庭もおしゃれなんだから~。
「まろん行くよ!」
何度も踏ん張りを繰り返しながら、目的地に着いた。
どうしたかしら、真昼間から雨戸(というにはもったいないけれどなんていうのかわからない)が下りている。
なんとなく、長期お留守の気配。
きっと、海外赴任なのかしら?なんて、かってに想像してみた。
ここらへんのお散歩は心地よい。
しっかり、お庭ウオッチイングして楽しんだけれど、さて、まろんは頑固として動かない。
3.5kgのまろんを乳飲み子のように抱っこして帰途についた。
往復一時間のお散歩となった。



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by violasan | 2005-02-18 15:52 | 徒然