転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan


2005年 02月 16日 ( 18 )

タケノコ

2003年3月30日の日記

晴れ

ストア-に入ると、赤字でセールとポップのついたレトルトパック入りの新筍が山にあった。もうすぐ四月!新筍の出てもおかしくない季節だが・・・
パックの裏を見ると、中○産とある。
野菜売り場の品定めをしていたら、通常の筍売り場には熊本さんの新筍が申し訳なさそうに積まれていた。幸い二人分の筍を買う量はしれている。少々高い筍だったが、こちらを籠に入れた。
福井県で住んでいた時、鯖江市の西山公園でつつじ祭りに出かけた。公園内に筍茶屋というのがあり、筍のフルコースを食べさせてくれた。筍のお刺身というのがある。筍を生で食べるなんてと、疑ったが、これがなんとも美味しい。皮をむいて、薄くスライスしたものをわさび醤油で食べるという物だ。朝露のかかった筍というのはエグミが無いんですね。
筍は米糠を入れて茹でて、煮汁を冷めるまで置いてから筍を取り出し、お料理しなければならないものと思っていたのは、日越しの筍を食べなきゃいけない人の知恵というものだったんですね。
金沢で住んでいた家のすぐ前は竹林だった。残念ながら、しっかり囲いがしてあり中に踏み込んで旬の筍をというわけにはいか無かった。が、金沢でも南部の山麓地帯には、「別所たけのこ」として有名な産地があり、筍のフルコースを食べさせてくれる。。金沢には筍の歴史というのが刻まれている。明治3年岡本右太夫という人が江戸から孟宗竹持ち帰り植え付けたそうだ。武家社会だけでなく、庶民の間でも筍は重宝されていたようだ。
今は、年中どこでも食べれる筍だ。
それでも、朝取れとまでも行かなくても、あの皮を2~3枚はぎ、穂先を落として米糠で茹でなければいけない筍を食べないと、「春がきた」という実感も薄い気がする。



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by violasan | 2005-02-16 11:38 | 我町

シンピジューム

2003年3月29日の日記
 晴れ
寒いうち、次女の部屋で管理していたシンピジュームの鉢を全部外に出した。気温が5度以下になると蕾が凍り落ちてしまうので、冬はシンピジュームの鉢が一部屋占領している我が家だ。いくら、お花が好きといえ、温室でもない部屋を占領しているのは陰気くさい。
これで、やっと、さっぱりした。
薄い液肥をバケツに作りシンピジュームの鉢にあげた。
随分と、彩りが増えたお庭になった。デジカメが壊れてなかったらと、悔しい。
インスタントカメラに、少しお庭の様子をおさめた。上手く写っていたらCDにしようと思う。

午後は、地元のサークルの月一回の練習。5月はじめの修道院の練習に熱が入っている。多治見の修道院は日本で3本指にはいるそうだ。建築が素晴らしい。あの礼拝堂で演奏できると思うと嬉しい。その前に、名古屋でのマンドリンフェステバルがある。少し、頑張らないといけない

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by violasan | 2005-02-16 11:36 | 我町

アカデミー賞授賞式

2003年3月26日の日記

先日、厳重な警備のもとアカデミー賞授賞式が執り行われました。 
いつもならゴージャスな装いで賑やかな俳優・女優たちもとってもシンプルな装いでした。 
 
最優秀作品賞は「シカゴ」に決定♪  
 
私としては「戦場のピアニスト」にとって欲しかったのですが・・ 
でも最優秀男優賞に「戦場のピアニスト」の主演男優エイドリアン・ブロディが受賞しただけでもうれしかったです♪ 
本当に戦争は最低な行いです。 
犠牲になるのは何の罪もない人たち。 
早く終結に向かって欲しい・・・・。 
 
そして「長編アニメーション」部門では「千と千尋の神かくし」がみごと受賞。本当に良かった。 
暗いニュースが毎日繰り返し報道されるなか、一筋の光が差してきたようでした。 
 
 

 



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by violasan | 2005-02-16 11:30 | 我町

上司と部下

2003年3月25日の日記

雨のち曇
上司と部下
少しばかりの銀行積み立てをしている。
今月も、得意先係りの行員が集金にきた。(決して、我が家が得意先といいわけでないけれど~。毎月決まって集金に行くお家は、金額に関わらず得意先というらしい)
まだ、新米の男性の行員さんだ。
支店長が、酷く怖いという話になった。
実際、私も窓口で、支店長が女子行員に向かって怒りまくっている様に出くわしたことがある。辺りにお構いなしの怒鳴りだった。客の前で何事かと思ったほどの怒りだった。わが町のお客様の間では、評判の支店長さんだ。
よくよく聞くと、この支店長は体育会系で、表向き指導はめちゃめちゃ厳しいが、内面は、骨の髄まで面倒見も良い方だそうだ。
この支店長は、な○○○市の方で、歌舞伎役者をしているという。
なるほど、あの通る声は当然だ。
なんでも、本番を前にして、役者が足りないという事になった。
支店長は、自分の部下に矢をたてた。本番の日、たまたま、フリーの部下に役者代行を命じた。
その不運な部下が、我が家の担当の得意先行員だった。
新米行員は断る術も無く、練習と本番を受けなければならなかった。
芝居などしたことのない行員があの歌舞伎化粧をして舞台にたたなければならなかったと思うと、おかしくなった。


bbsが賑やかになった。大きな画像を貼ってくださる方ができて嬉しい。やっぱり、迫力があり美しい。みなさん、ありがとうございます

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by violasan | 2005-02-16 11:28 | 我町

コンビニ

2003年3月23日の日記

晴天 暖かい。
団地の灯が消えた。
団地にある一軒だけのお店コンビニが閉店した。
先日ポストも撤去されたばかりだ。
今日12時で閉店した。早速、お店の前にトラックが止まり、荷物を運び出していた。
なんだか悲しくなった。
バス亭と我が家を結ぶ道の間で唯一の灯だった。
バスをおりて10メートルも歩くと、コンビニの灯が見えて、凍りつく夜空の下でホッとできた場所。
娘たちにも、「何かあれば、コンビニに飛び込んで・・・」と、言っていた。
自宅まで走るには、ちょっと、遠い。夜道じゃ、なおさらだ。


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by violasan | 2005-02-16 11:26 | 我町

映像

2003年3月21日の日記

なんだか、ユーツな気分です。
戦争が、日ごとに拡大していく様子がテレビ映像にでるんですからね。
かつて、戦争は日本国内の悲惨な状態でさえ見えなくて、不安な気持ちだったと思うけれど・・・。
今は、遠い国での武力行使による被害を目の当たりにしてしまうんだから、また違う不安が襲ってきます。
どうか、罪の無い人まで巻き込む戦争は、一日も早く終わってくれますように・・


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by violasan | 2005-02-16 11:26 | 我町

ははこぐさ

2003年3月20日の日記

快晴 風強く寒い 戦争がはじまりました。
ははこぐさ
多分、ははこぐさだと思う。お花が好きなくせに、草花の名前の記憶が薄い。
お天気が良いと、洗濯物を干し終えるやいなや、地面に這い蹲る。這い蹲るなんていう表現はおかしいのかもしれないけれど、私が草取りを始めたら、そんな格好に見える。
庭のあちこちに薄緑というか銀灰色の柔らかそうな草が生えている。小さな白い花が咲く。いつだったか、ご近所のお年よりに、「沖縄では、この草を摘んでお粥に入れて食べるそうですよ」と聞いたことがあり、茹でて食べてみたことがある。
七草でも、所詮は、雑草なのに美味しいから食べてみようと思ったわけだ。とっておきの味というわけでわなかったが、粥に入れたら、七草粥のように香りがプ~ンとさえ、春を告げる草花なのであろう。


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by violasan | 2005-02-16 11:23 | 我町

戦争

2003年3月19日の日記

戦争
いよいよ戦争が避けられない自体になってきました。
アメリカ イギリス スペインが国連の決議無しでも武力行使に踏み切るとか?
私、思うに悪いのはフセインであってイラク国民になんら戦争の犠牲になる事は
一つも無いと思います。戦争はあってはならない。行ってはならない。なぜブッシュは、急ぐのでしょうか?
戦争になると悲惨な結果が残るだけ。今回のような前例を作る事は、恐ろしいことだと思います。
平和には武力はいりません。

昨夜のドラマ「僕の生きる道」久々に、吸い込まれるように観た。そして、涙も溜めた。
後一年しか生きられないと宣告されたら?
秀雄のような行動が取れるだろうか?
もし、夫や娘達が、宣告されたとしたら、みどりのように冷静に残された時間をすごせることが、できるだろうか?
一体、私はどういう行動をするんだろう・・・・
まだまだ、家族として成り立っていない状態のまま、死という現実を迎えなければならないなんて~

蛇足だが、ドラマは客席での秀雄とみどりのショットで終わって欲しかった。




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by violasan | 2005-02-16 11:22 | 我町

ガーデニング日和

2003年3月18日の日記
ガーデニング日和
小泉首相がアメリカに従うと・・・・
日本が武器を持たない国で良かったと、思った。
一市民が、首相を非難してもどうにもならない現実だ。
アメリカの最後通告の果てに、難民の増加は避けられない。難民の映像を見るたびに心が痛む。

お庭作業に半日過ぎた。
まだ、風は冷たいというのに、しっかり、雑草が目立った。私は草取りが好き。芝生の中の草も抜いていった。面倒っている方もいるけれど、私にはストレス解消だ。。
バラの剪定を少し。こぼれ種で目出ししたネモフィラの苗を集め鉢に植え替えた。ビオラ、パンジーの枯れ花を摘み取る(これは、ずっと、花を咲かせるために大切な事)。液肥を花壇に撒く。などなど・・・
私の後を追い、まろんが戯れる。幸せなひと時だった。


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by violasan | 2005-02-16 11:20 | 我町

役員会

2003年3月16日の日記

晴天後雨
町内の役員会だ。
午前中の総会に続き、お昼からは役員引継ぎ会兼お食事会だった。
会場に入ると、テーブルに仕出弁当とビールやつまみが並んでいた。
堅苦しい引継ぎ会とばかり思っての参加だったが・・
ひととおり、自己紹介の後、懇親会だった。
この町内会に入ってまだ2年の私は、親しい方といえば班長さんとお隣組みだけ!
ほとんど始めてお話する方ばかりだったが、そこは、皆さん主婦仲間で、さまざまなお稽古をされている事を知った。
お習字、油絵、コーラス・・・
早速、お誘いを受けた。
これ以上、お誘いを受けたらまずいと、堅くガードした。
老後のお楽しみにとっておこう!

午後22時38分・・・名古屋バスセンターにいた。
こんな夜が続き、娘は泣く泣く、退職しました。
大好きな紅茶の葉の香りに包まれてのお仕事は、残業が続き最終バスもなく、
最寄の駅からタクシー代2000円使い帰宅しなければならないお仕事でした。
お店の優雅さとは裏腹に、お仕事は想像できないものだったそうです。また、一つ、社会勉強をして、次のステップを踏み出しました。



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by violasan | 2005-02-16 11:19 | 我町