転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan


2005年 02月 08日 ( 5 )

青き蜜柑

平成12年「おあしす2月号掲載」
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 年明けの近江市場には、伊予柑、八朔等の柑橘類が所狭しと並ぶ。日頃、蜜柑と呼んでいるのは、温州蜜柑のこと。調べてみたら、愛媛、紀州、有明、寿太郎、金峰などとある。産地により名前も姿も味も様々だ。それにしても、蜜柑の仲間たちは多い。
 10月頃、緑色の小ぶりな蜜柑をストアで見つけると必ず買ってしまう。ほおばると、やや酸っぱい味が口の中にいっぱい広がる。
 「ことしも、冬が近い」
と、感じるのは私だけじゃないと思う。
 12月に入ると、青島蜜柑を箱ごと購入して、こたつのお供とする。
 
 主役があれば脇役がある。天下のマツタケにはスダチ。フグにはカボス。さんまには青き蜜柑という、あまりにも有名な脇役もある。
 さんまといえば、佐藤春夫の詩が有名だ。

  さんま、さんま、
  そが上に、青き蜜柑の酸をしたらせて
  さんまを食ふは、その男がふる里
  のならいなり。
 と、口ずさむ。
 
 熱々の塩焼きさんまに、スダチをギューッと絞って口に運ぶ光景を浮かべて、思わず生つばを飲み込んだ。
 冬の南紀へ訪れたことがある。
 南紀では、さんまの事を「冬のさえら」というそうだ。優しい響きだ。民宿の夕餉の膳に、冬の時期にさんまの塩焼きをだされた。去年の夏、青森県の下北半島で食べたさんまより、ずっと、さっぱりしていたと思う。
 西風が強く吹く冬、黒潮にのって南下してきたさんまは、熊野灘沖の荒波にもまれて脂が抜けるからという。
 塩焼きの皿には、大根おろしとダイダイが添えられてあった。民宿のおばさんに、
 「青き蜜柑じゃないんですね」
と聞いてみた。
 「あ~。春夫のさんまですか」
と笑って、暖簾の奥に消えていった。
 おばさんの笑顔が、妙にひっかかった。添えられてあったダイダイは、いわゆるダイダイ色。青くない。
 我が家では、小粒でかわいらしく、香りもよいスダチを好む。
 春夫が、さんまにしたらせたのは、このスダチではなかろうか・・・。料理に使うスダチは確かに青い。
 最近になって、観光案内の本の中に、春夫の生地である「新宮」には、サンズという柑橘類があると知った。土地の人々は、ダイダイともいうらしい。写真の形は、カボスに似ている。
 「・・・・濃い橙色で柔軟で果汁が多い。4月中旬を過ぎると回青する・・・」
との説明書きがあった。
 どうやら、春夫は、このサンズを絞って、さんまの塩焼きに酸をしたたらせたのであろう。
 
 
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by violasan | 2005-02-08 20:45 | 徒然

金沢の町の改善を

平成13年1月28日
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 五六豪雪。それは、私が始めて経験した雪国の生活だった。
 名古屋で育った私には、まるで白魔だ。雪は降るものでははなく、地面から舞い上がっていた。雪道に慣れない足は、雪にとられた。踏み固まった雪面はアイスバーンとなってツルツルだ。
 先日の久々の大雪は、過去の風景が現実となった。マスコミでは毎日のように災難を伝えていた。屋根の雪下ろしで滑り落ちた人。歩いて転倒した人。スリップ事故などなど。主婦にとっては、ストアの生鮮食品の品切れと高値は切実な問題となった。
 そんな中、人々は除雪に精を出した。私もご近所に混じりスコップを持つ手に豆を作った。
 五六豪雪と一つ違う事は、年齢を重ねた私。30分程雪かきをすると腰に来る。まだまだ、空き地の多い住宅地、その上お年より家庭の多い静かな町では雪かきをする人間がいない。
 裏道には除雪車のはいる術もない。我が町は、今も雪の中だ。気になるがなかなかはかどらない。
 高齢者が増える、これからの社会、お年寄りにも優しい冬の金沢の町に改善してほしいものだ。
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by violasan | 2005-02-08 20:40 | 金沢

年越しコンサート

平成13年1月6日北国新聞掲載

 「10・9・8・7・・・・・3・2・1」と、新世紀に向かってカウントされた。その瞬間、ビバルディの乾杯のメロディーが奏でられた。まるで、異国の地にいるような、そんな気分になった。大晦日、私はカウントダウンコンサートの会場にいた。例年とは違う年越しだ。
 大町氏の指揮で20世紀の長い年月を刻むように、歌劇の数々が演奏された。榊原氏の指揮では、県民からリクエストされたという名曲が。誰もが、一度は聴いたことがある名曲の数々だ。
 普段なら、ちょうど眠くなるその時間。今夜は堅苦しさはなく楽しめた。
 カウント後は、再び大町氏とソリストによって創りだされた華やかさと静けさのなかで、新年を迎えたという喜びをかみしめた。
 会場には、祝い酒・ワイン・年越し蕎麦なども用意されていて、心もお腹も心地良く満たされた。
 幸せな気分で家路についた。
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by violasan | 2005-02-08 20:35 | 金沢

年月

平成12年9月7日北国新聞掲載c0051044_20281996.jpg 
 
 年月の過ぎるのは早い。
 金沢マンドリンアンサンブルの一人の若者が永遠の旅だちをされた日から、もうすぐ4年になる。
 彼は、わがマンドリンアンサンブルの指揮者だった。秋の演奏会を一ヶ月後に控え練習も追い込みに入っているさなかだった。交通事故という一瞬の悪夢で、かけがえのない命を奪われてしまった。
 たしか、秋分の日を過ぎた頃の練習日のことだったと思う。何時の間にか外出した彼は、包みを大切そうに小脇に抱え戻ってきたことがある。トコトコと、女性軍の集まりの輪に入ってきて、包みを差し出した。お彼岸だんごだった。
練習後、飲み会などにサッサと出向く男性団員のように、コミニケーションの取れない主婦団員のためにの差し入れだった。
 当時、団員は少なかった。仕事や家庭のある団員は、練習ごとの参加がままならない。各パート一人、二人のこともあり、合奏にはならなかった。
 今年も、演奏会の練習に入った。随分と人数が増えた。天国からアンサンブルの発展を見守ってくださっているのかもしれない。
 秋分の日が近くなると、彼のことを思う。彼の思いを無駄にしないよう、私も演奏会の成功に向けて微々たる力を注ぎたい。
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by violasan | 2005-02-08 20:29 | 趣味と仲間

加賀野菜を食卓に

平成12年9月18日北国新聞掲載            
 
 野菜料理講習会に参加させて頂いた。豆腐が、野菜をたっぷり添えることによりサラダとして、子供たちに敬遠されがちな蓮根が揚げ物として美味しく頂けた。
 この土地の季候風土と美しく肥沃な耕地で実った旬の加賀野菜!加賀白菜・加賀ねぎ・加賀太胡瓜・赤皮南瓜・金沢赤蕪・小坂蓮根・・・・。を取り入れた家庭料理だ。
 町中には、インスタント食品があふれている。コンビニが24時間営業していることもあり、働いている主婦も気軽にお惣菜が買える。こんな時代背景に押され、家庭料理や郷土料理が、食卓から消えつつあるのは、とても残念なことだ。
 幸い、この土地には自然の恵みがたくさんある。新鮮な素材のままストアに並んでいる。食生活習慣が見直されている今、もっと加賀野菜を楽しみたいと思った。
 ちなみに、名古屋で育った私は、愛知県の特産物である冬瓜をよく利用する。とりわけ、冬瓜汁は娘たちも大好物だ。このお料理は、祖母から母、母から私、そして、私から娘に伝えられていくお料理だ。
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by violasan | 2005-02-08 20:25 | 金沢