転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan


2005年 02月 07日 ( 6 )

光の回廊

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平成12年1月7日
                  
 阪神大震災の数年前まで暮らしていた西宮市に行った。阪急夙川駅を降り立つと、厚底ヒールと茶髪の若者たちで賑わっていた。
 この町には、娘がコンクール目指し、練習に励んだバレエ教室がある。ドアを開けると、先生の笑顔が迎えてくださるはずだった。一足先を軽やかに足を運ぶ娘は立ち止まった。娘の思い出の地図は消されていた。
 この日、娘は震災の現実を思い知らされた。
 
 あの日の早暁、震度7の力が地球を揺るがした。この町の光と影のテリトリーが一瞬にして変容した。死者と生存者。崩壊した家と無償な家。そんな光と影がくっきりと描かれたに違いない。
 神戸市では、震災の年の暮れから、「神戸ルミナリエ」と名付けて、震災者の心に灯をつけている。光の回廊や壁掛けは見事だ。私も、その回廊をくぐり抜けた。小さな電球が集まって放つ光の芸術には圧倒される。荘厳ささえ感じる。海と山に抱かれた美しい町は、一瞬にして崩れた。今ここに、集まってきた人々により確かな輝きを取り戻しつつあることを思うと、熱いものがこみ上げてくる。
 1999年の暮れ、光の回廊をくぐり抜けながら、過去を振り返り祝祭の年のむこうに未来をみつめることができた母と娘の小さな旅だった。 
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by violasan | 2005-02-07 22:07

管理の再確認を(雪印問題)

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平成12年7月23日北国新聞掲載
              
 月半ばにして、「ご利用有難うございました」という収納印が押された集金袋が玄関のポストに入っていた。雪印の宅配業者からだ。
 今回の問題で被害を被ったのは、消費者だけではない。酪農家から消費者まで牛乳を手に取る全ての人たちだ。学校給食で牛乳を飲む習慣のついた子供たちまでも。
 これまで、牛乳をたくさん飲むように勧められ普及してきた。それが、今回の食中毒問題で牛乳不信になられた人も少なくないという。とても残念なことだ。
 人々の健康な暮らしを担う食品生産者は、再びこのようなことのないように衛生管理の徹底を再確認して欲しい。
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by violasan | 2005-02-07 22:00

携帯電話

平成12年6月29日

               
 街中にあふれている携帯電話。歩きながら、運転しながら、バスの中で、と所構わず携帯電話をかけている人を見かける。そんな人たちを半ば、軽蔑していた。
専業主婦には、もったいないと思い込んでいた。
 が、娘の急病がきっかけとなって、携帯電話を持つことになった。片手に納まる小さな代物は、私の玉手箱になった。
 通常電話は、もちろん、メール、インターネットまでもできる。着信音は、選択や作曲までできて、流れる音は心地良い。その上、今夜の夕食のメニューや天気予報まで提供してくれる。時や所構わず、「ピ、ピ、ピー」が、この頃の日課となった。今も、メールが届いた。着信音が聞こえると、なんだかワクワクする。
 私は手紙が好きだ。今まで、届かない返事の相手にも、一方的に手紙を出していた。手紙離れの現象を残念に思っていた。文箱から、年賀状を出した。去年の年賀状に印刷されたメールアドレスは、私には意味のない物だった。今年は違う。ご無沙汰している友人にメールを送った。手紙より早く届いたようだ。手紙離れが進むのも納得できた。
 しばらく途切れていた投稿を携帯メールで送ってみた。これなら、手軽にできる。せいぜい、ボケ防止に役立てたい。
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by violasan | 2005-02-07 21:56

お座敷太鼓

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平成12年8月3日北国新聞掲載
               
 「ドンドン、ツクツク、ドンドン」と、いつもと違うお座敷太鼓の音色が、西茶屋街のお稽古場に鳴り響いた。芸能体験学習会に参加した時の一こまだ。ベテラン芸子さんの手ほどきを受けの初めてのバチさばきだ。とても心地よいバチさばきといえないけれど、楽しかった。
 細い格子窓の家から、三味線や太鼓の音が漏れてくる風情を肌で感じたかった。お座敷に上がるのは、「一見さんお断り」と聞いて諦めていたところ、「お稽古風景見学」の催事を知り参加した。
 素囃子、舞、お座敷太鼓と披露された。ベテラン芸子さんのなかには、新米芸子さんの姿もあり、時々照れ笑いを見せながら、真剣に演じる姿は真剣だ。
 帰り、「華の宿」に立ち寄った。格子戸を入ると、巾のある階段が目に付いた。殿方と芸子さんが寄り添ってお座敷に上がるために巾が広いらしい。朱色、瑠璃色の壁は艶っぽい。この部屋でお座敷遊びしたに違いない。新米芸子さんも、この部屋で磨かれていく。
 この日、金沢でまち博が始まった。町にはクラッシックなバスの運行が開始された。その姿は町に溶け込んでいる。加賀百万石の伝統を町中に運んで欲しい物だ。
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by violasan | 2005-02-07 21:54

旬の味

平成12年3月8日北国新聞掲載
               
 ストアーの店先に新じゃがを見かけるようになった。旬の初々しさに誘われて一盛り買ってきた。テーブルの上に袋から取り出した。コロコロと転がった。北の果ての峠で食べた、串にさしたじゃが芋を思い出した。揚げたてのアツアツをほおばった。懐かしさに慕っていると、「今夜のメニューは煮転がしね」と、長女が言った。
 今なら、土を洗い落とせば皮まで美味しい!皮のまま揚げてから煮付けた料理は家族みんなの大好物だ。
 「今度は、レンジでチンしてバターで食べたい」と次女のリクエストだ。翌日、ストアーに行くと、『一盛り百円』のチラシが目に入った。迷わず籠に入れた。
 このごろは、野菜の種類が増えて、各地方で栽培されるためか、年中店にある。絶えず、アンテナを張り巡らしてないと、旬の野菜を食べ損ねてしまう。
 そろそろ、野山にワラビやゼンマイが萌える頃だ。朝掘りのタケノコも出回る。タケノコはほりたてに限る。福井県の鯖江市にあるツツジ公園で食べたタケノコ三昧!生のまま薄く切って、刺身醤油で食べた。おつな料理だ。旬のこの時期なら家庭でもできそうだ。
 食卓に一品、旬の味をのせることを心がけたい。
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by violasan | 2005-02-07 21:49

宗教と切り離せない文化

平成11年○月北国新聞掲載
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 広坂遺跡発掘調査の現地説明会に参加した。出土品が所狭しと並べられていた。古代層から出土したという百箱に及ぶ瓦と土器の数に驚いた。瓦には、「寺」と刻まれていることや土器の裏には「佛」とあることから寺院の跡という説明を聞いた。
 転勤族の私は、金沢の文化は加賀百万石から始まると思い込んでいた。金箔、友禅のきらびやかな技術の印象が強くあるからだ。北陸の冬はすっぽり雪に覆われる。京の都からは辺境の地とされていただろうし、雪深い山里に突然、きらびやかな文化が栄えるわけ画がないとすれば、納得がいく。古代から寺院が栄え、民衆と結びついた。宗教の電流の中で大陸からの文化も流れついたのであろう。宗教の支流の中で、北陸に伝えられた文化は豪族から武士へ、やがてはこの金沢の民衆のなかへ広まったといえる。
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by violasan | 2005-02-07 21:47 | 金沢