転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan


2005年 02月 06日 ( 31 )

個性豊かな現代美術展の作品

平成11年4月8日北国新聞掲載
 
 現代美術展を鑑賞させて頂きました。会派を超えた作品の数々は、個性豊かでモチーフの構成や色使いの気に入った作品に出会うとワクワクさせられる。私も、いつか、こんな作品を描いてみたいと束の間の夢を見る。
 感性の合う作品だけではなく、他のジャンルの作品や伝統工芸品を楽しめるのも魅力的だ。
 若い作家達たちも、伝統工芸品と同じ会場に並んだ自らの作品に喜びを感じ、それ以上に、次の作品のインスピレーションを感じ目標を抱くことができるのではないかと思う。
 そんな私だが、一つだけ残念に思うことがある。県立美術展のゆとりのなさだ。今回洋画の展示室を見て、痛感された方も多いと思う。絵と絵の間に隙間がない。これでは、作品の個性が衝突してしまう。
 幸いにも、現代美術館構想がある。ぜひ、余白を考慮して、心のゆとりの持てる展示室を設備して欲しいと思う。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 14:04 | 金沢

食品包装材料の表示化を

平成11年3月16日北国新聞掲載
 
 わが町では、4月からペットボトルが資源回収の対象となる。容器包装リサイクル法がスタートして2年にもなる今ごろという思いだ。
 豊かな食生活の需要に応じて、水から酒の類までペットボトルとなり商品化している。不燃物となる包装ゴミはペットボトルに限らず、レトルト食品や冷凍食品のトレー、カップ麺、卵、ソース、たれの容器。分別に悩むプリン類や豆腐、納豆の容器など等がある。
 金沢市では、埋め立て場行きゴミの日が2回しかない。これでは、多様化した包装ゴミの処理には対応できない。最近のストアは、過剰包装を避ける傾向にあるが、製造元のメーカーがリサイクルできる包装材料の開発、利用を急ぐべきではないのか。
 さらに、食品材料の表示だけではなく、リサイクル、埋め立て、燃えるゴミなどの表示があれば良いと思う。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 14:02 | 金沢

温暖化防止京都会議

 五六豪雪の時、軒下まで雪が積もり、八百屋で買った大根に包丁を入れるとスが入っていて使い物にならなかったことが懐かしい。
 今年は、師走半ばというのにこの温かさだ。ポカポカ陽気のためか、庭先のプチトマトは健在で、今も、お弁当の脇役を果たしている。これも温暖化の表れか?
 先日、テレビで、一日の最高気温が33度以上に上昇すると65歳以上の高齢者の死亡率が増大すること。マラリアやデング熱など動物媒介性感染症が拡大し西日本一帯も危険区域に入る可能性のあることを知った。直接、人体に悪影響を及ぼすことになる。
 産業革命以後の農工業の発達によりCO2や温室効果ガスの大気中排出が拡大した。このために、地球温暖化現象が進行しているという。これは、皮肉なことに、快適な生活を求め研究を重ね実現した結果である。まさに、文明開化の落とし穴に突入したといえよう。
 今、温暖化防止京都会議が開かれている。各国の諸方策が待たれるところである。が、ここにも、各国の利害関係がちらついている。ぜひ、地球的規模の枠組みで温暖化防止を図ってほしいものである。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:58

飛鳥の里

平成10年10月26日北国新聞掲載

 飛鳥の里 私は旅が好き。暮らしに中で溜まるストレスから離れて本来の自分に戻れるからだ。
 旅でふれた自然は、感受性を取り戻して、小さな感動に出会わせてくれる。
 今、そんな感動を朝の連続ドラマの映像で再現している。舞台は、6-8世紀にかけての歴史の宝庫となった飛鳥の里だ。
 駅を降りると、そこはミステリーロマンの世界だった。なだらかな丘陵を行くと、高松塚古墳がある。石室内では、優美な飛鳥美人画が極彩色を残しているのに驚いた。
 畑の中、突然出くわしたのは石舞台、猿石、亀石などの古代の謎を秘めた石造の数々。表情が様々で、笑っているようにも、怒っているようにも見える。用途や年代不詳のものが多く、想像力をかきたてる。
 町中にレストランやコンビにはない。のどかさを残すためにコンビ二の数は規制されているそうだ。
 昼時を随分すぎ、石舞台前にお団子は十分に空腹を満たしてくれた。

 帰途の電車の中で、「また行こうね」と約束した。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:55

お手紙

平成11年10月26日北国新聞掲載

 昨日思いがけない方から手紙をいただいた。差し出し人は、2年ほど前に掲載された暮らしの日記「小さな命」を読んでくださり、私にエールを送ってくださった方である。
今年、8月になって長い患いを克服できたとあり、文面からは秋の香りを満喫されている姿が伝わってきた。
 私が、投稿を始めたのは、夫の単身赴任と知人の死が重なり、ぽっかりあいた穴を埋める手段だった。喜怒哀楽が爆発しそうになったとき、感情を支離滅裂に書きなぐった。ペンを入れているうちにシンプルな言葉となる。文章の枝が落ちた分冷静になれた。
 久々に、以前掲載された文章を読み直した。金沢の伝統や食生活、旅のことが活字となっている。当時の様子が、今も、旬の感動となって甦ってくる。投稿を続けているうちにエッセイや童話創作の意欲の出てきた事を振り返った。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:52 | 徒然

インカ帝国の不思議さ

 c0051044_1348818.jpg
平成11年6月12日北国新聞掲載

インカ帝国の不思議さに、以前から興味を抱いており、県立美術館の展覧会を鑑賞した。
 数々の展示品の中で、織物に今日まで残る色の鮮やかさに驚いた。緋色とも茶色ともいえない赤色が印象的だ。
 アンデス山脈にペルーを中心とするインカ帝国があった。情報伝達の術を持たない文明であるのに、山の上に巨大な石垣の空中都市を築いてしまう力、繊細なつづれ織りの普及したのは不思議でならない。
 ミイラの埋葬に織物を使う風習が、後世までにアンデス山脈の染織品を伝えたのだろうか。
 信仰に結びつく情熱がこれほどまでに発達させたのかもしれない。不思議なモチーフを見ていると、突如としてスペインに滅ばされたインカへの哀れが募る。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:50 | 金沢

魅力あるイベントの開催を

平成11年5月10日北国新聞掲載
 
 先日、ポルテ金沢の地下ホールでランチコンサートが開催された。
サクソホーンの高らかな音色が響きわたると、買い物に来ていた主婦やOLがどこからとなく集まり人だかりになった。いつもは、人通りの無い店舗の一角も賑わいを見せた。
 折りしも、金沢Mデパートの閉鎖が決まっていた。金沢に越してきたのは6年前のこと。当時、香林坊の香林坊あたりは、今ほど活気はなく、名古屋で育った私にはたいくつだった。
 そんな時、駅前のMデパートの存在を知って出かけた。しかし、高級ブランドを揃えた店舗で敷居が高く、そそくさと店を後にしたものでした。
 誰もが、気軽に利用できない店でないと、集客には限界があるのではないか?コンサートホールの建設もはじまり、駅前の活性化は、これからというときに、Mデパートの閉鎖は残念だ。
 今後、閉店する店の無いように、テナントばかりでなく、金沢市ぐるみで魅力あるイベントの開催を企画すべきではないか?
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:40 | 金沢

人に優しい駅を望む

平成11年5月28日 北国新聞掲載
 
先日、JR野々市駅を利用した時の光景である。
若者が、今流行りの地べたすわりを当然としていた。その中で、高齢者は腰を下ろす椅子が無くて立っておられた。
 
 この駅は新しい。エレベーターやホームへのスロープまである。あきらかにバリアフリー設計といえる。それなのにホームには椅子が無い。普通列車しか停車しないこの駅では、かなりの時間待たなければならない。
 身障者や高齢者には大変なことだ。
 
 ホームからは植え込みが見える。本当ならば、電車待ちのイライラを和らげる効果があったはずだと思う。せっかくの植え込みは雑草に覆われていた。
 まず、ここから人に優しい駅を目指して欲しいと願う。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:39

ゴミ収集我が家の事情

平成11年5月15日北国新聞掲載
 
 折込チラシの中にモデルハウスの写真を見た。広々とした台所には、分別ゴミの場所がある。これなら、現在のゴミ分別に対応できそうだ。しかし、わが家の台所は狭い。終日、リサイクル・分別ゴミが目につく。リサイクルの必要性と分別ゴミの日が月一回になったからだ。
 細かく分類すると、食品の包装材料は、リサイクルと埋め立て地行きに分かれる。店頭回収の勧めがあるが、なかなか難しい。気軽にリサイクルが利用できないと、ついゴミの中へという家庭が多くなる。きちんと分別するほど、埋め立て地行きのゴミの保管は大変なことだ。
 金沢市では、検討のうえ、実地に踏み切ったことだと思う。先日、この欄で説明がなされた。生ゴミは、各家庭で無駄なく調理すればあまりでない。空き缶・空き瓶は、販売店の協力を求めればよい。が、食品包装から出るゴミはとめどなく多い。
 食品包装から出るリサイクル・埋め立て地行きのゴミ収集の日を月2回に戻すことを再度検討して欲しい。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:33 | 金沢

移植報道の沈静化を願う

 c0051044_13302292.jpg
平成11年3月3日北国新聞掲載
 
 病院外で待機する中継車、記者会見で取り囲む報道陣の中で、院長は「脳波は平坦、平坦と判定されています」と発表した。
 
実父は、アイバンクに登録していたが、意思は尊重されないまま他界した。父を苦しめた癌の痛み、看病にあたった母の辛さを開放するはずの臨終の時だ。そんな時、移植の話など出る場はない。安らかに見守ってあげたいというのが本音だ。
 
今回、マスコミ陣が患者のお家まで押しかけたという。過熱した報道はあまりにもむごい!家族の不安と怒りが募るばかりであろう。
 ドナーとレシピエントの生命の価値感は同等である。あの過熱した報道を見ていると、レシピエント優先に見えてならない。ドナーの強い信念は、家族の疲れに押しつぶされてしまうのではないだろうか。今後の対応の仕方によっては、ドナー希望者の2例目を失うことになる。あくまでも、報道の沈静化を願うばかりだ。
[PR]
by violasan | 2005-02-06 13:32 | 徒然