転勤族だった私は、何処に立っても山と川の望める風光明媚な町(金沢)での暮らしの中で、新聞の投稿が始まりました。徒然は私の宝物です。花の画像は庭の花です。
by violasan
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永遠の旅立ち

平成8年10月16日北国新聞掲載

去る日、これからという若い命が交通事故により絶たれてしまった。意識不明の
まま帰らぬ人となった。あまりにもあっけない出来事であった。
 彼を知ったのは四年前、金沢マンドリンアンサンブルのステージで彼の指揮を
見たのがきっかけ。
あまりにもユニークな指揮にひかれ、私もアンサンブルに加わり、識者と演奏者の
立場で三年が過ぎた。
今年に入り、話す機会も増え、彼自身の信念をアンサンブルにぶつけている姿と、
音楽に対する熱意が、あのユニークな指揮を生み出していると理解出来た。
本番の彼のユニークな指揮は、観客の笑いを絶えさせなかったし、演奏者の緊張を
ほぐしてくれた。一ヶ月後の本番をひかえた練習日、練習不足を彼自身のダミ声
で補っていた。そのダミ声が、耳元を離れない。
 ご両親の希望で、演奏の中彼とのお別れをする事になった。たまたま、私は彼の
愛用していた楽器を借用中。
 「僕のマンドラ弾いてみない」という彼の一言で、私とマンドラの出会いが始まった。
遠い所へ旅立ってしまった彼の耳に届くようにマンドラの音色を奏でたい。

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by violasan | 2005-02-19 17:11 | 趣味と仲間
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